西条酒蔵通り子どもガイド経験者が行く!建物で楽しむ東広島の酒蔵【番外編】本陣跡編

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みなさん、こんにちわ! マサです!

既に完結した「酒蔵通りシリーズ」ですが、今回は番外編ということで「本陣跡」を紹介していきたいと思います。

観光客の方から「何の跡なのかよくわからない」と聞くこともありますし、地元民でも「何となくは知っているけど、詳しくは知らない」という方も多いのではないでしょうか!?

というわけで「本陣跡」について詳しく見ていきましょう!

本陣跡

この大きな門が特徴的な本陣跡ですが、話は江戸時代まで遡ります。

江戸時代、西条は「四日市宿」と呼ばれ、西国街道の大きな宿場町でした。

西国街道の両側には「旅籠(はたご)」(現在の旅館)が約70軒建ち並んでいたそうです。

全国の宿場には「本陣」と呼ばれる、大名が泊まる宿がありました。

四日市宿は重要な宿場だったため、広島藩が直接運営にあたり、「御茶屋(おちゃや)」とも呼ばれていたそうです。

西条にある御茶屋は広島藩に9ヶ所あった中でも最大でした。

土地の広さは約1500坪、部屋数29部屋、畳の数214.5畳であったそうです。

その後の明治時代になると、賀茂郡役所や賀茂地方事務所として使われました。

建物は取り壊されましたが、本陣跡は賀茂鶴酒造株式会社が買い取り、「御門(ごもん)」と呼ばれる、正面の門だけが復元されています。

御門の左右にある木は今上天皇陛下と秋篠宮殿下が訪問された記念として植えられています。

記念樹の「梓(あずさ)」

記念樹の「栂(つが)」

また、正面の御門のかっこよさから写真スポットとしても知られています。

地元の自動車エアロメーカーのイメージ写真等は本陣前で撮影されていたりします。

いかがだったでしょうか?

かっこいい建物だけどよく知らない、という方が多かった本陣跡について、酒蔵通りシリーズの番外編としてお送りしました!

本当にこれで酒蔵通りシリーズは完結ですが、学生てくてくガイド byひとむすび主催の酒蔵通り観光ガイドやボランティアガイド等に参加して、実際にガイドに案内されてみてください。

きっと今までとは酒蔵通りの見方が変わると思います!

今までご愛読ありがとうございました!

この記事を書いたのは
東広島まるひネットライター:マサ

本陣跡
東広島観光協会〈御茶屋(本陣)跡〉紹介ページ

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